皇室の家紋と日本刀

世に鉄製の機器や道具の類は数多ありますが、日本刀ほど格式と伝統を持つ鉄の芸術はそう多くはないでしょう。否、多いどころか日本刀のみと言って良いかもしれません。一般に刀鍛冶以外の刃物を鍛える鍛冶は野鍛冶と呼ばれ、刀匠と野鍛冶とは明確に区別されてきました。刀鍛冶は武力の根源たる日本刀の鍛造を可能ならしめる国家防衛の要であったことに起因します。

刀鍛冶が如何に権力者に遇されていたかを知る実に良い例があります。これは、天皇家の家紋に纏わるお話です。皆さんは皇室の家紋が菊紋であることはご存じと思います。では、この菊紋使用の原点が日本刀にあったということを御存じでしょうか。

実は、皇室の菊紋は後鳥羽上皇が鍛造した日本刀に刻された菊の紋章をその淵源としています。後鳥羽上皇は、水無瀬離宮(大阪府三島郡島本町)に鍛冶場を設け、ここで日本刀に鍛造を行いました。作刀技量に秀でた刀匠を全国各地から呼び寄せ、これらを御番鍛冶として各月ごとに交代で日本刀の鍛造に当たらせ、その技術の向上を図ったのです。上皇ご自身も日本刀鍛造の技を御番鍛冶より学ばれ、御剣を鍛えられたと伝えられています。この上皇御自らお鍛えになられた作品には十六弁の菊紋が入れられました。上皇の作品は当時の武士に非常に珍重されたと伝えられています。以来、皇室では菊の御紋を天皇家の家紋として使うようになったということです。

刀鍛冶は単なる職工ではなく国家の命運を左右する貴重な存在として特別の待遇を与えられた存在であったことがわかります。余談ですが、後鳥羽上皇の積極的な刀匠保護政策は鎌倉時代中期に実を結び、日本刀史上の黄金期となって数々の名刀が生み出さられるのです。皇室の家紋が天皇家の象徴であるとともに、皇室を守護する日本刀の象徴であったということを誇りに思います。

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